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2012年に訪れた ベトナム ホーチミン ハノイの旅行記です 現地の人々 生活を写真と 文章で綴ります
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19世紀末にフランスによってつくられたホアロー収容所

一番多い時には2000人くらい収容されていました

フランス統治時代には 学校よりも 監獄のほうが

多かったそうです



「海外に出るとイギリス人は公園と競馬場をつくり、

フランス人はオペラ座と監獄をつくる」

(参考文献)『建築のハノイ』p.15


と 本にも書かれているくらい。





通路は人が一人 通れるくらいの狭さ

コンクリートの重々しい壁

そして 鉄のドア 小さい窓

ここにいるだけで 息が詰まる そんな場所


ここには 死刑囚が収容されていました





このホアロー収容所は インドシナ戦争勝利後

ベトナム政府が刑務所として再利用していました

1964年夏から 1973年 3月末まで

撃墜されたアメリカ人パイロットを収容していました


アメリカ人によって 皮肉って

ハノイ ヒルトン

と呼ばれていた場所





ここは独房(刑罰房)

刑務所内で 規則違反をしたものを収容する場所

ホアロー刑務所の独房は 地獄の中の地獄 と呼ばれていました


独房に収容されている人は

アバラが出て その恐怖から瞳孔が開ききっており

極度の恐怖の中におられたことが伝わってきました

暗闇で10日間ほど閉じ込められたそうです





獄舎を出ると 中庭には

犠牲者を弔う慰霊碑があります






劣悪な環境に置かれ 多い時ではひと月に40人ほどの犠牲者が

出たと言われているホアロー収容所







2008年のアメリカ大統領選挙 

共和党候補のジョン・マケイン氏も


5年あまり このホアロー収容所に収容されていたそうです







これは犠牲者の名前でしょうか

10枚くらい名前の書かれたプレートが並んでいる部屋がありました


もともと工芸品をつくる村だったところに 

フランスがホアロー刑務所をつくり

ベトナムの自由と独立を求めて戦ったベトナム人の多くが

犠牲になった場所  


ホアロー収容所





1896年にフランスによってつくられ

1993年に完全閉鎖

1997年に一般公開開始


半分以上が取り壊され 残されたホアロー収容所の

真後ろには ハノイのランドマーク ハノイタワーが建っています



2012.9.29 ハノイ

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ベトナム軍事歴史博物館で 

重いものをずっしりと感じ取り


外を歩いていると


やっぱり いました


道端に 放し飼いの




ニワトリ

そう ここはベトナム


ニワトリが あっちこっちにいて

突然 ジャンプ?されると かなりビックリ。


フランスと中国のテイストが混ざり合った建物が

多いベトナムですが 

この建物の アイアンの窓の柵とか

重厚感のある木のドア そして壁の色





長い間 いろんな国と闘っていたベトナムですが

こんな素敵な建物を見てると さっきの重い気持ちが

吹っ飛んでいきます


これは中央病院

やっぱり素敵なデザイン





こんな建物を見ながらリフレッシュし

次に向かったのは ホアロー収容所


ハノイの街のど真ん中にあるホアロー収容所


19世紀末 フランスによって作られ

現在 その3分の1が残っています





フランス支配に抵抗するベトナム人が捕えられ

拷問されたり ギロチン台で処刑されました





↑ これは 足かせ

冷たいコンクリートに座り

動けないように 足首を固定させるもの





これはトイレ

もちろんプライバシーなどの配慮は一切なし





そして こちらがギロチン (断頭台)


生首の写真も展示されていました







このギロチン台で 1600人もの人が

命を落としたと言われています





このギロチンで 死刑執行前に 

ある死刑人が言い残した言葉があります



「国を奪われた私たちと侵略者であるあなたたちとの
 生死を賭けた闘いにおいては、 私たちのような
 犠牲は当然である。 しかし
 必ず、私たちは、勝利する。」


実際 まともな武器すらあまり持っていなかったと言われてる

ベトナムは フランス そしてアメリカに勝利しました



2012.9.29  ハノイ

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ベトナムを歩いていると よく見られる光景


フランス風の美しい建物の横に並んでいる

ミサイル





戦車







ヘリコプターなど






全ての事を受け入れて


あるがままに今を生きる


そんな事が ふと頭に浮かぶベトナム



ここ ベトナム軍事歴史博物館に置かれていたものは

もちろん 全て実際のベトナム戦争で使われていた物







1975年 4月30日  サイゴン陥落の日の時に

実際使われていた戦車が





ここに展示されています

サイゴン陥落により

ベトナム戦争は終結しました





そして 有名な クチのトンネル

ホーチミンから 70キロくらい行ったところにある

全長200キロにも及ぶトンネルです


米軍に見つからないように

南ベトナム解放民族戦線によってつくられました


ヘリコプターや 戦車やらでやってくる米軍に対して

地下に穴を掘って ここを拠点としていました





トンネルの入り口は PC一台分くらいの広さと言います

トンネルには 落とし穴などもあり

穴に落ちると 穴の底からたくさん出ている鉄の棒で

串刺しになるしくみ。





トンネルの中には 病院 学校 市場もあり

実際ここで生活していました

そして 夜になると 畑を耕す生活。


狭い真っ暗なトンネル内で 敵味方を見分ける方法は

臭いだったとか

アメリカ軍は ブーツを履いている=ゴムの臭い=敵






そんなクチで アメリカ軍の攻撃の次に亡くなる理由は

マラリア 空気の欠乏 そして食料の欠乏。


近代的なアメリカ軍の重装備に対し

手で掘ったトンネルやら 落とし穴やらで

最終的にはアメリカを撤退に追い込みました


そして このヘリコプター






中に入ってみました






操縦席に移動して

目に飛び込んできたもの


操縦席に座った目の前にあった

弾丸の跡





この世に生を受け


そして


その人と人が殺し合う

戦争










たった一つの弾丸が奪い取るものの

大きさを改めて感じた日でした





2012.9.29  ハノイ


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フラッグタワーの横に ベトナム軍事歴史博物館があります


カメラ一台につき 100円払って中へ


ここは実際にベトナム戦争で使われていた

ヘリコプター  戦車などが展示されています





展示品に触らないで!  と書いてないところは


自由に触ることができ

ヘリコプターの上に乗ったり





中に入る事も出来ます


U.S. AIR FORCE という文字が見えますが

ここに展示されているものは 

アメリカ製か ロシア製のものばかり






墜落したアメリカのヘリやら

ロシアから援助してもらったヘリたち。





こちらは 墜落したアメリカのヘリコプターで

つくったモニュメント





ヘリの残骸を引っ張る人

ベトナム人でしょうか


この残骸の向こうには

戦争で命を落とした人たちがいます


アメリカ軍で5万8千人以上

ベトナム人は200万人ほどが犠牲になっています





1960年に始まり 1975年4月30日に終わったベトナム戦争


南ベトナムと 北ベトナムの武力衝突の事を ベトナム戦争

と 言いますが 実際は その裏には

南を支援したアメリカと  北を支援したソ連 中国との

政治戦略的戦争






そして その時に大量にまかれた 枯葉剤の影響は

いまだに残っています


枯葉剤の除去はベトナム戦争が終わって37年たった

2012年 ようやく始まったばかりです




いろんな国に利用されたベトナム

街を歩いていると あちこちでフランス風の建物の横に並んでいる

ミサイルやら 戦車やら ヘリコプターを見る事ができるベトナム


こんな風景のすぐ横でも





今を生きる ベトナム人たちの 日常が見られるのです。


そして 「ブイドイ 靴底のゴミ」 と言われた 

アメリカ人とベトナム人の間に生まれた子ども達は

現在 45歳前後

今のこのベトナムを支えてる年代の人たちなのです


2012.9.29  ハノイ


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前回の記事に頂いた拍手コメントの質問のお答えです

最後の写真の黒いグルグル巻きは そのまさかの電線です

余談ですが 電線にお布団を干してる風景もありました


さてさて

ホーチミンおじさん関係のところを離れ

テクテク歩いていると 綺麗な大使館がチラホラ






お祭りみたいで

木から木へと イルミネーションがぶら下げられていました






そして 有名なシクロ

観光客が乗ると 間違いなく ボられる

と言われてるシクロ

ですが たまーーーに


「お願いだから ボって・・・」


って言いたくなるような

優しいシクロマンもいるそうです


勇気ある方はぜひ!




↑  この人は ボられたのかなあ

とか思いながら 歩いてると

何やら 高い塔が見えてきました

てっぺんにはベトナムの国旗


ベトナム軍事歴史博物館の隅にある

フラッグタワー






完成まで7年もかかったと言われてるフラッグタワー

(1812年に建てられました)

日本軍が電報局として使ってたこともある 

フラッグタワー






その周囲には

砲台やら 弾丸やら

戦車やら戦闘機やら(次回載せますね)

実際使われていたものが たくさん展示されています






フラッグタワーの中

細い階段がありますが

降りていっても 別になにもありません




でも こういう所は 入ってみたくなるので

入ってきましたが

やっぱり何もありませんでした


フラッグタワーから下を見下ろしたところ

左奥に見える 黄色い建物(茶色の屋根)は

ハノイ城

フランス軍の砲弾の跡が生々しく残っている場所です

(1999年より修復)




さて フラッグタワー


ちょっと心配になるような

傷みの目立つ階段を一歩一歩上っていくと








やっぱりありました


フラッグタワーに


ダイレクトラクガキ






このフラッグタワーを含めたタンロン城跡は

2010年に世界遺産に無事 登録されました

めでたし。

2012.9.29 ハノイ


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