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2012年に訪れた ベトナム ホーチミン ハノイの旅行記です 現地の人々 生活を写真と 文章で綴ります

ホーチミンからダラットへの移動休憩中に

出会ったベトナム人の男の子

カメラが珍しいので 写真をもらえるわけでもないのに

みんな 「撮って 撮って!!!」って言ってくる

で カメラを向けると







とっても素敵な笑顔

ベトナム人と日本人って ちょっとだけ雰囲気が似ている

実際 2012年に飛行機で移動していたときも

ベトナム人だと思って 声をかけた人ら

日本人だったり・・・


↑  似ているけど この子は これぞベトナム人のお顔


これぞベトナム人顔=目じりが細い そして面長

体型も みんなほっそりしている


で ↓  この女の子も可愛い笑顔だね~


って言ったら








恥ずかしがっていたのに

追いかけて撮ったそう(-"-)

でも この子のお顔って ちょっとベトナム人っぽくない。


反対に ベトナム人が 「この人は日本人だ」 と

見分ける方法を 当時のベトナム人のガイドさんに聞いたところ


時計と メガネ


と言いました


ベトナム人は あまり時計をしない

そして 上等そうなメガネ


この二つで判断するそう。







で 決定的な違いは  


サンダル


暑いので どこへ行くのもサンダル


サンダルラブのお国。


↑  この写真に写っているベトナム人たちの足を見ると


やっぱり サンダル。


道がガタガタなのに サンダル履き。




では さっき書いた ベトナム人の見分け方に

↓ この人たちを当てはめてみると・・・











とってもお上品な服 そして

丸顔の人まで。


かれこれ30年近く ずっとベトナム人だと思っていた

↑ この移動中に出会った人々


もしかしたら旅行中の中国人だったのかも?

そのワケは後日。



1986年 3月 ベトナム

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ホーチミンからダラットへの300Kくらいの道中


ちょっとだけボロボロのバスに乗っての移動は続きます

さて 前回の続き

なぁんにもない野原で休憩をして ダラットへ向けて

いざ出発。(100Kに1回くらい休憩あり)


気温は30度くらい 

もちろんバスには エアコンなどありません







窓を全開にしたところで 入ってくるのは

生暖かい空気と 砂埃 

罰ゲームのようなバスの旅です


少し前に載せた写真

バス出発間際の様子







周囲にはなぁんにもないのに バスの前にとまる自転車2台

日本人を見つけて 嬉しそうにカメラ目線の現地人二人


どんなに目を凝らして見ても 茶色と緑の原っぱしか見えない。

建物すら見えない。 

ほんとに なぁんにもないのに 今からどこへ行くのかしら?







ベトナム戦争当時は 現地の人々の移動手段といえは自転車。


「自転車で1日30キロ 40キロは
      当たり前のように移動するんだよね~」



「ってことは 国境も越えたりするの?」 と聞くと


「さすがにそれはないよ」 だそうです

(でも 国境近くの人は自転車で当たり前のように越えている 
                 とか・・)




ホーチミンからダラットへのバスは ロシア製のバスでしたが

当時のベトナムは いろんなバスが走っています



ドアに 「自動扉」 と書いてあるバスが走っていた。



すごい! ベトナムにも自動扉のバスがあるんだ!!!


と思ったら大間違い。


日本で使えなくなったボロボロのバスを 

最新式のバス として使っているベトナム。


ボロボロでもさすが日本製

ちゃんとドアは自動で開いたんですって@@
(ロシア製のはそもそも自動扉じゃなかったそうです)








あ・・ 余談ですが

福山通運 (たぶん) 

と書いたトラックも走っていたそうです


おしまい。





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何もなかったけど 緑のケミカルな味の飲み物を飲んで


ホーチミン脱出。

移動に使ったのはこのバス。







おそらくロシア製と思われるバス

このバスでホーチミンからダラット (約300K)へまず移動

その後 ダナンまで お世話になります (1000K越え)







かなり距離を走っているんだろうな というのが分かるバスの運転席

ちなみに座席はリクライニングなどできるわけがなく

直角のかたーーい椅子で 1300Kを耐える事になります



当時のベトナムは バイクもまだほとんどなく
(バイクの代わりに自転車)

車もほとんどありませんが この時 ベトナムにあった空港といえば

タンソンニャット空港(ホーチミン)  ノイバイ空港(ハノイ)

ダナン空港 (ダナン) この3つのみ
(今は24個くらいあります)


飛行機で移動できないので その分 バス移動

街中ではほとんどみない車 バスも 移動中はいっぱい見たそうです


当時のベトナムは 「車は30年は乗る」 これがモットー

なので すれ違うバス 車はボロボロのが多い








↑  このバスもおそらく長距離移動中なのですが

荷物は屋根の上。 (雨期の時はどうするんだろう)

見るからにボロボロ


で 自分たちが乗っているバスは ボロ くらい


その ボロボロ寸前のバスでダラットに向かう



さて 休憩休憩~

何食べようか 

お土産に何を買おうか

その前に トイレトイレ!!!








でも


あれれ??


トイレは??  


「そんなもんあるわけがない」  (同居人)

女の人はどうしたんだろう。。

 「きっと草むらに隠れてトイレしてたはず と思う」



草むらでトイレすると 野生動物が後ろから唸りながら近づいてきて

慌てて逃げる



という話をよくききますが とってもサバイバル。


で サバイバルなトイレ休憩中にすれ違ったトラック


よーーーーーく見ると・・・・


荷台の材木の上から人が手を振っている


「この人 何してるの??」


「材木が落ちないように 見張っているの」


でも 材木が落ちたら  








この人も一緒に落ちると思う。


移動話 つづく。




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メコンデルタツアーを終えて もう一日ホーチミンに滞在


街中を散歩していると リヤカー引いたベトナム人のおばさんが

ビニールに入った緑色の液体(ストロー付き)を売っている。


歩いていると暑くて 他になにもないので

自分たちから緑色の液体のほうに行って おばさんに

「これ 大丈夫?!?!?」って聞いたら

大きくうなずいた。


で 信じて買って飲んでみた 

お味は???

「ケミカルな味」 だったそうです。


余談ですが これを飲んだもう一人は次の日のバスの中で

どうしてか一日中 横になっていたそうです


ホーチミンお散歩の目的は 紺のジャケットの真ん中の人の

ベトナム人の彼女に会いに行くため。





彼女と出会ったきっかけは ピースボート

ピースボートと言えば 「ソーリ!! ソーーーリ!!!」で

有名な М主党のあの人が当時乗っていて 色々仕切り倒して

その時もやっぱりとってもうるさかったそうです


で彼女さんの住所を頼りに訪ね歩き ついに家に到着。

↓ これが彼女さんの家  






でもでもザンネンながら出てきたのは彼女さんじゃなくって妹さん。

 
その様子を見ていた同居人 

「高校生くらいなんだけど 英語が上手に話せてね~」 って。

彼女さんに会いにいった日本人の白いシャツを着ている人も

ベトナム語がペラペラなのに 

「どうしてか二人で英語で話してたんだよね~」


ベトナム語ペラペラ同士が英語での会話を楽しみホテルに帰る道中

日本人二人で歩いていると 真っ暗闇の中からベトナム人の人が

話しかけてきた。


「英語の練習をしたいから お話をしてほしい」


って 英語で話しかけてくるベトナム人。


でも こっちはベトナム語を話したい。 

で 英語で話しかけてくるベトナム人に



「ずいぶん英語が上手だけど どこで英語を勉強したの? 」って


ベトナム語で尋ねる。


で ベトナム人が英語で答える

それに対し

日本人が ベトナム語で尋ねる

ややこしい・・・・


それを繰り返す事数回    


ついに


ベトナム人が思わずベトナム語で返事をした。



勝った! と思ったホーチミンの夜でした

(今のベトナムは日本人に日本語で話しかけてくるアヤシイベトナム人がいるのでご注意を)


ちなみに 今のホーチミンはフランスみたいに綺麗ですが 当時は






街灯などほとんどなくって 真っ暗だったそうです。

真っ暗闇から出てきて英語で話しかけるベトナム人

やっぱりアヤシかったのかな??




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ここはメコン川


10人ちょっとで 屋根のないちょっとボロボロの

ボートで メコン川を下って メコンデルタの村へ。







途中行きかう船は 手漕ぎのボロボロの船

メコン川は生活の基盤

ここの川の魚を採って食べ

ここの川で洗濯をし

お風呂代わりにもなり

トイレもする







メコン川とは そんな川

日本人の私たちが見ると ゾゾゾっとしますが

ベトナム人たちにとったら 命の糧 そんな川です

(ここにお亡くなりになった人が流れると まさにガンジス川)







水の上に建てられた家を眺めながら

メコンデルタの村に到着

(30分ほど歩く)



外国人はとっても珍しいので

現地の子どもたちがゾロゾロとついて歩いています


たくさんの人がツアーに参加したんだね~」


っていうと


「現地の人の数のほうが多いの。 メコンデルタを見物しに行った

自分たちを見物しにきた現地の人がいっぱいいたの」


って言っていました。


ここで現地の人の生活を覗かせてもらう

感想は・・ と聞くと


「メコン川を下っていた現地の人の船がボロボロすぎて

ここのお家の記憶は





特に残ってないの 」

だそうです。



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